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双体道祖神

キッチン&やど ぶたのしっぽ

〒399-8301
長野県安曇野市穂高有明2186番地157

TEL(0263)83-5958

オーナーはどんな人?

興味、ありますか!?

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オーナーA(小口敏彦)
1960年3月生まれ・長野県岡谷市出身
Facebookやってます。

学生時代の4年間、北アルプス燕山荘(えんざんそう)でアルバイトをしたのが、安曇野に足跡を記した第一歩。卒業後、大阪の専門商社に経理事務として雇われるも、やっぱりお山が恋しいと、1年ちょっとでリタイア。はれて燕山荘の正従業員になって、下界とは無縁の生活を約7年。結婚を機に下界に下りるも、その後、社会復帰に手間取り、結局、復帰できずに自分で仕事を始めてしまいました。大肉中背頭部寂しげ、うまいもの大好き、お酒大好き。
実家が岡谷なので、うなぎを食べるのが楽しみで、時々里帰りをしているようです。

オーナーの在学していた高校は、なんと「釣りバカ日誌」に出てくる鈴木建設の社長こと「すーさん」と、浜崎伝助氏の奥さんの「みち子さんのお父さん」の2人の出身校です。

オーナーは、A、Bどちらも鉄道好きです。でも、Aが好きなのは、どちらかといえばハードウエアで、旅先で何を食べるか、ということもかなりの重要事項。Bは鉄道で行く旅が好きで、景色と温泉が重要です。
安曇野から青春18切符で行くこともありますが、大井川鉄道や箱根登山鉄道のようにアクセスが不便なところは、現地までクルマで行って楽しみます。
Aは、待望の大井川鉄道に行ったとき、蒸気機関車で引かれる客車の心地よいリズムに揺られて、往路の半分、復路のほとんど眠ってしまいました。今思えば、もったいないことをしたものです。
オーナーA飯山線の気動車内にて

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オーナーB(小口利香子)
1963年8月生まれ・神奈川県横浜市出身

学生時代はバスケットボール部で活躍。看護学校卒業後は小児科の看護婦として子どもに人気者だったらしい。登山を趣味にしている。30代はママさんバレーにも行っていたのだが仕事が忙しくなり引退。このごろは邦画とAKB48にはまっている。最近は里山ハイキングに出かけることもある。
ちなみに、オーナーは看護婦姿を見たことが無いので、一度でいいから白衣を着て見せて欲しいと思っているのだが、未だに望みはかなえられてはいない・・。

オーナーA、Bは、ともにバイクの中型免許を持っていて、時々一緒に出かけます。美ヶ原、白馬、戸隠、木曽などなど安曇野からだと走る場所には事欠きません。
今乗っているのはオフロードバイクで、シート高の低いセローがオーナーB仕様。オーナーAの方が足は短いと思うのですが、体重があるので、またがるとシートが低くなるのです。オフロードバイクのシャコタンなんて、トホホです。
オーナーB大町の小熊山林道で

お客さんとメールのやり取りをするのはオーナーA。ご案内やお礼状を書くのはオーナーBの仕事です。お客さんからいただいた手紙には、Bから、手書きの、心のこもったお礼状が届きます。
オーナーBお手紙執筆中

安曇野小咄

オーナーAが思い出すまま、思いつくままに書き綴ってみた話の数々です。

かたい話はありません。どうぞ気楽に、構えずに、想像力をたくましく読んでみてください。

古今東西道案内

初めて来たのに、方角いわれても困ります。

安曇野を旅していて地元の人に道を尋ねると「この道を北へ向かって行って二つ目の信号を西へ曲がればすぐ」というように、東西南北で案内してくれます。でも、初めて安曇野に来て、どちらが西でどちらが東かなんてわかりませんよね。そこで、まわりを見てください。安曇野は南北に細長くて、大糸線も国道も松本から白馬に向かって南から北に延びています。北アルプスは安曇野の西にあります。低い山が連なっているのは東です。もう、方角はわかりましたよね。これさえおぼえておけば、地元の道案内もこわくない!?

みそになる・・!?

放っておいたら腐っちゃうぞ。

近所に住んでいる友達が梅雨時に訪ねて来た時の会話です。庭に以前伐った赤松が積んであるのを見て、「そこに積んである木は何だい」「薪にする木だよ」「早く割って片づけないと、みそになっちまうぞ」「え??」「木が腐ると、みそみたいになるだろ」確かに「なる!なる!」それ以来、我が家では、「みそになる」がブームになりました。
「しとしとピッチャンしとピッチャン・・あの〜薪〜も雨ん中、みそになる・・」「お〜い、冷蔵庫の中できゅうりがみそになっているぞ」とか、イヌに向かって「あんまり寝てばかりいると、みそになっちゃうぞ」などなど。
ところで、その友人は、MACを使っています。ジャスコで偶然行き合ったときに「Mac、使ってる?」と聞いたら、「山ばっかり行っていて、このごろ使っていない」とのこと。「たまには使わないと、みそになっちゃうぞ」「そうだな・・」
彼にはちゃんと通じたようです。

・・しましょ

あなたに、お勧めしています。

安曇野の方言で、言われた人が勘違いしやすいのがこれです。「温泉に行きましょ」「時間がないから早く行きましょ」「おそばでも食べましょ」というふうに使われます。これ、言った人が誘っているわけではありません。「・・したらどうですか」という意味です。
「御飯まで時間があるから、温泉に行きましょ」といわれても、待っていてはダメ。だれも一緒に行きませんよ。
ところで、「楽しいひな祭り」の「明かりをつけましょ、ぼんぼりに・・・」はどっち?

煮イカ

「生煮イカ」って何のこと!?

安曇野の名物に「煮イカ」という食べ物があります。名前の通りわたを抜いたイカをそのまま茹でたものですが、山梨県の名物「煮貝」のように味を付けて煮てあるわけではありません。ただイカを茹でてあるだけです。作っているのは岐阜だそうですが、海のない県の知恵なのでしょうか。飛騨高山の食堂でも見かけました。そういえば、魚屋さんが「ここの人はイカが白くないと買わない」と言っていましたが、きっと、ほとんどの人が新鮮な透明なイカを見たことがないのでしょう。この「煮イカ」、良く冷えたものを生姜醤油で食べたり、わさび漬けで和えたりすると、それなりに美味しいものです。
ところで、ときどき地元のスーパーの広告に「生煮イカ」というのがでます。もちろん普通の「煮イカ」となんら変らないものですが、なぜ「生」なのでしょうか。
いまだに、この謎は解決していません。
なお、長野県には「塩丸いか」という、わたを抜いたイカを丸のまま塩漬けにしたものがあります。これは、塩抜きして酢の物や和え物にするのですが、私の知人に、塩丸イカを塩抜きしないでそのまま食べている猛者がいました。きっと、今頃は高血圧になっていると思います。

でんぐりまんこ

いきなり言われたらビビるぜ

安曇野の方言で2番目にインパクトのある言葉ですが、これ、実は肩車のこと。今では、お年寄りしか使うことのない貴重な方言です。
では、おんぶのことは何て言うのでしょうか?これが、安曇野の方言で1番インパクトのある言葉で、肩車から「でんぐり」をとったもの。初めて聞いたとき、ウッソだろ〜と思いました。
実例です。以前、北アルプスの燕山荘で働いていたときのこと。アルバイトの女の子が忙しくて疲れたらしく「足が痛い〜」と言いました。それを聞いた地元の爺さまが「痛いか。まんこしょうか?」と優しく言いました。本当の意味を知らないアルバイトの子たちは、完全に固まってしまいました。私がすぐにフォローしたのは言うまでもありません。
死語になりつつあるこの言葉、面白がって使ってはいけません。変態だと思われるだけですから。

きたないものには「ご」

ごまめは、きっと違うけど・・・

山小屋で働いていた時の話です。とある7月の朝、一緒に働いていた地元の爺さんが「この頃、便所に『ごうじ』が湧いていけね〜」「今朝もほうきで掃いたらどんぶり一盃ぐらいになった」と訴えます。でも、聞いていて『ごうじ』が何のことだかわかりません。よくよく聞いたら「うじ」のことでした。
その時に教えてもらったのですが、安曇野の方言で、ものすごく汚らしいものには『ご』をつけるというのがあって、「うじ」は「ごうじ」になるんだそうです。同様に、ガキが垂らしている青っぱなにも『ご』をつけて『ごおっぱな』。
きっと漢字だったら『強』の時を当てるんだろうな。そんなことを考えていると、厨房のお姉さんから、お風呂が沸いたとの声。山は水が貴重だから、お風呂は滅多に入れません。「誰から入ってもらおうか」「おみさんが、この頃ずっと入っていなかったよ」「じゃあ『ごおみ』だ」「『ごおみ』だぁ!」と、みんなで大喜び。
あ〜ぁ、また怒らせてしまった。おみさんごめんなさい。

てきねぇ

「てきない」は「ごしたい」!?

「てきねぇ』は、安曇野の方言で、疲れた時に言う言葉。「薪割りは今日中に終わりそうもねえじ」「オラもうへぇ、てきなくていけねぇ」なんて使い方をします。諏訪地方では疲れた時に「ごしたい」と言うのですが、こちらは、山梨、静岡でも使うようですね。「あ〜疲れた!」と言っても何かしっくり来ないのが、心に染み付いた方言との違いでしょう。
高校時代のエピソードで、教師が東京に出張で行った時、あまりの人ごみに参って「ごしたくていけねぇ」と言ったところ、先方に「それはどういう意味ですか?」と聞かれ、「『ごしたい』ということです」と宣ったそうです。それは標準語かい!!

いたずら-その1

残り物には気をつけろ

5月の連休の山小屋でのこと。昔のアルバイトが、富山の「ますの寿司」をお土産に、遊びに来ました。「ますの寿司」は、桶に入った押し寿司で、丸い形をしています。雪に埋もれた山小屋の中は昼間でも暗いのですが、早速、ランタンの明かりの中で切りわけて、居合わせたメンバーで美味しくいただきました。でも、一切れ残っています。そこで、鱒とご飯の間にタップリとわさびを塗って、そのまま置いておきました。共犯のみんなは、もうわくわくドキドキです。しばらくして共犯の1人から「無くなってる」との報告。さらに「○○さんが、売店でぶすっとした顔をしている」との報告が入りました。もう間違いありません。そこで「食べたの?」と聞いたら「結構なお味でした!」だと。その後、怒った彼は私を何度も谷につき落とそうとしたのでした。よっぽど辛かったんだろうな。

いたずら-その2

残り物には気をつけろ

栂池のスキー場で働いていたときの話です。シーズンが終わって、打ち上げの日、その年限りで田舎に帰る決心をした従業員を囲んで、お別れの晩餐をしていました。その日は、特別に彼の好きなお寿司を取ってあります。彼は、エビが大好きでマスタードが大嫌い。みんなで一通り食べたあと、残っているお寿司が彼のところに回っていったのですが遠慮して手を出しませんでした。そこで、私のところに回ってきた時に残っていたエビの握りにたっぷりとマスタードを忍ばせて「○○さんはエビが好きだから、最後にどうぞ」と言って返してあげたのでした。お寿司は無事に彼のところまで届きましたが、みんなが注目しているので遠慮して食べません。仕掛を知っている連中は「やっぱりダメだったか」と思ってガッカリしましたが、すぐにまた談笑を始めました。ところが、みんなの注目から逃れた彼は、一瞬の隙をついてパクリ。しばし間があってから、突然立ち上がって厨房の流し台に走っていきました。異変に気がついたみんなは「食べた!」と言って大爆笑。彼は、しばらくしてから、あまりの辛さとやられたおかしさに涙をぽろぽろこぼしながら帰ってきたのでした。

スクーターおばさん

軽トラおじさんも同じだよ

この辺に限ったことではないかも知れませんが、地元のスクーターおばさんはウインカーを出しません。急に止まります。急に曲がります。時々転びます。一時停止で止まりません。何故かシートの真ん中でなく左斜めにずれて座っています。「軽トラおじさん」もいます。周りをあまり確認せずに道に出てきます。うしろの迷惑を顧みずマイペースで走ります。「地元ドライバー」は、赤信号でも直進してくるのでなかなか右折できません。交差点の直前までウインカーを出さないので、どちらに曲がるか分かりません。そして、信号が青になると右折車が先に突っ込んできます。
どうぞみなさん、お気をつけて・・。

女学生と山のガイド

上は天国、下は地獄

その昔、日本の女の人は、服は着物で下着と言えば腰巻きでした。これはまた聞きになりますが、有明の登山ガイドさんが学生登山の案内で、当時の女学生を案内して槍ヶ岳に登ったときの話です。その頃は、今のように登山道も整備されていなくて、槍ヶ岳に登るのは、それはそれは大変だったそうです。ガイドさんは、頂上に向かう切り立った岩を女学生に登らせるのですが、岩に取りついて見上げれば、ついつい先に行く女学生の着物の中を下からのぞき込むようになってしまい、これはいけないと目をそらして足下を見ると切り立った千尋の谷。ガイドから帰ってきて「オラあ、上を見ても、下を見ても目がくらむ思いだったぞい」と嬉しそうに話していたそうです。

ボッカの夜這い秘話

惜しかったというべきか・・・

やっぱり昔の話ですが、これは当人から直接聞きました。時は、有明村にまだ電灯がなかった頃。山の麓から稜線の山小屋まで荷物を運びあげる歩荷(ボッカ)の仕事は大変だったけれど良いお金になって、一仕事すれば、受け取ったそのお金で豪遊して芸者遊びができたそうです。その頃は若かった爺さんは元気一杯で、山から帰ってきてから、暗くなるのを待って、近所の家に嫁いできた新嫁に夜這いをかけたそうです。その時は、こっそりと忍び込んだつもりなのに、もうちょっとというところで家人に気づかれ、垣根を乗り越えて命からがら逃げ帰ったとのこと。
その時の話をよくよく聞いてみると、その忍び込んだ家というのが、     燕山荘で一緒にアルバイトをしていた友人の家らしい。ということは、当時の新嫁は彼の婆さん?もし、夜這いが成功していたら、彼の運命や如何に・・

今日のおかずは焼き肉!?

吉本新喜劇でも、ここまで出来ないよ。

山小屋で働いていた頃の、自分たちの夕食時の出来事です。その日は松本営林署の人と山小屋の従業員、アルバイトが一緒に食事をしていました。問題の彼は、一足先に食事を終えた友人から、夕食のおかずに焼き肉があったことを聞いています。彼はとにかく肉が好き。席に着くのももどかしく箸を右手に立ち上がり、テーブルの上の肉の皿を探します。見つけた彼が「ちょ〜と、すみませんね〜」と言って箸で肉をつまみあげました。そして、周りの唖然とした表情に気付き、瞬間にその肉が営林署の人のものだったことに気がついたのです。うろたえて、箸でつまみ上げた肉を元の皿に戻そうとした彼に、営林署の人は「どうぞどうぞ、いいですよ」と満面の笑顔で優しく言ったのでした。みんな、大笑いでした。

そばの季節

本当に美味しいのは冬

長野県を旅すれば、一度は蕎麦を口にすると思います。特に、夏の暑い時期なんか、冷たいざる蕎麦とよく冷えた生酒で一杯、なんてたまりませんよね。でも残念ながら、夏は蕎麦自体の味が美味しくない季節なのです。蕎麦を一番食べたい季節が、一番美味しくない季節だなんてがっかり。そこで、もっと美味しい蕎麦を食べたい人は、10月の終わりから11月にかけての時期に来てください。そばの収穫時期には幅がありますが、その頃が最高です。あとは3月くらいまでの間にもう一度来て食べてみてください。夏とはまるで違う感覚を体験することが出来るでしょう。

うしゃ負けた!?

うまが勝ったら・・・

燕山荘で仕事をしていたときのこと。
お昼ご飯を食べた後、地元のじいさまが言うことには、「ああ、うしゃまけた!」と。また、安曇の方言かと思って訊いたところ、笑っていて答えない。そのじいさんと親交の長い女の子が教えてくれました。「うしゃまけた」は「牛が負けた」ということ。だから「馬が勝った」ということで「うまかった」っていってるんだよ、と。奥が深いと、妙に感心してしまいました。

いただきました!

実に素直でよろしい。

山のネタばっかりでゴメンなさい。
燕山荘は学生登山が盛んで、長野県内の中学生が、まだ雪も残る7月10日くらいから続々と列をなして登ってきます。当時、詰め込んで一度に食事できるのが154名。多いときは、学生登山だけで700名くらい泊るので、一回の食事がシーズン最初で40分、バイトが慣れてくると30分で回転させて5回転くらいしました。メニューも配膳もそれなりに工夫しているので、一般客が同人数いるよりずっと楽なのですが、ハイシーズンに比べると絶対的にバイトの数が足りないのでやっぱり大変。そんな忙しい中でバイトの子たちが喜ぶのが「いただきました」。ご飯を食べる時に言うのは「いただきます」そして、食べ終わったときに言うのは、全国的には「ごちそうさまでした」でしょうか。でも、長野県は「いただきました」と言うのです。「いただきます」で食べて「いただきました」で終わるのって、なんか素直でいいでしょ。わたしは、この方言、好きです。